第二部 第1章:サムライトーキョー2
「お呼びでしょうか」
オーナー室に一歩入ると、ホールの喧騒はほとんど聞こえなくなった。そこは青山か代官山あたりのカフェのようで、適度に空調が効き、サーバーから自由にコーヒーが飲める。ドリップした豆の良い匂いがする。
ホール拡張とともに新設されたこの区画は、店舗とは別世界だった。オーナーの机の上には、サムライやニンジャなどクロサワ・ヒーローズのフィギュアが並んでいる。
オーナーのクロサワは、しばらくムッツリと黙って口を開かない。傍には気の強うそうな中年の女性が、まなじりを釣り上げて立っていた。大貫部長だ。
汗だくの鎧武者の自分が恥ずかしくなって、八幡は兜を脱いだ。
「一階の店舗からね…八幡さん」
クロサワはイラつく自分をなだめるように、ゆっくりと口を開く。
「クレームが来ちゃってるんだよ」
「クレーム?」
「塞いじゃってるんだって、ショップの入り口を…ウチの入店待ちが」
ビルの入り口は空けておくように指示したはず…。
「誰もいなかったんですって」
大貫がイライラと話し出す。
「行列に係がついてなかったのよ」
「え…」
そんなはずはない。行列の末尾にスタッフをつけていたはずだ。
「それよりさ…八幡さん」
再びクロサワが話し出す。
「これじゃ何のために店舗拡大したのかわかんないよ」
「え…あ、はあ」
「いつまでたっても入店待ちが無くならないからさ、このままじゃマズイと思って三階まで店を拡げたんじゃないか」
別にウチが頼んだわけじゃ…。
喉元まで出かかった言葉を、八幡は飲み込んだ。
「ところがどうですか。むしろ前よりも行列伸びちゃってますよ…ねえ、大貫ちゃん」
「こちらとしては、やるだけのことをしました。あとは店の運営を任せているおたくの責任だと思うんだけど、どう?」
ウチの責任?
…反論する言葉が見つからない。
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