第二部 第1章:サムライトーキョー3
確かに、トリノ・ガーデンは店のオペレーション構築から運営までを請け負っている。結果、店の外まで入店待ちが伸びてしまったことに関してはウチの責任なのだろう。
しかし…何故だ。
この店のホールがまだ四階までしかなかった頃、すでに入店待ち行列は発生していた。八幡はオペレーションを改善し、回転率の向上に努めた。さらに順番予約の発券システムも導入し、入店待ちのお客様をビルの外に回遊させることに成功した。その甲斐あって行列は解消し始めていたのに…。
トドメとばかりオーナーが三階ホールを増設した。その途端、また行列が伸びはじめた。
…本当にウチの責任なのか。
頭の隅にそんな言葉がよぎり、八幡は必死にそれを打ち消した。
「たるんでるんじゃないの?」
「…いえ…そのような…」
「店からお客様があふれてる。ホールを広げた。収容できるお客様の数が増える。だから、今まで以上に売り上げが伸びなきゃおかしい…そうよね?」
「…はい」
「おたくに言われるまま従業員も増やしたわね」
「…そうですね」
「それが、月商三千五百万円を目前に足踏み…これ、どういうこと?おたくがちんたら仕事してるのが原因じゃないの?」
「申しわけございません」
八幡が深々と頭を下げる。
大貫がますます腹を立てるのがわかった。彼女は簡単に謝る人間が嫌いなのだ。
「このままじゃ、おたくに店を任せておくことはできないわね」
「え」
吐き捨てた大貫は、怒りを鎮めるようにコーヒーを口に含む。
「三ヶ月で解消してちょうだい」
「三ヶ月?」
「次の契約更新までちょうど三ヶ月。それまでに入店待ち行列を解消できなければ、おたくとの契約更新はないからそのつもりで」
八幡はとぼとぼとオーナー室を出てきた。兜をかぶりなおし、ストライプのオシャレなリノリウム床を歩く。何でこうなってしまったのか…。
数ヶ月前までは解消を始めていた行列が…フロアを拡大した途端に…なぜ。
ホールに戻ると、和太鼓が轟いている。中世の戦場のように法螺貝が鳴る。
オーナー室とのあまりの落差に、八幡は適応することができない。
四階に戻ると、入店待ち行列の末尾についていたはずスタッフがレジ打ちをしていた。
呼び戻されたんだな…。
和太鼓の轟音に紛れて、食器が割れる音が頻繁に聞こえる。鎧武者が急ぎ足で行き交い、どの顔もみな緊張している。本当は走り出したいはずだ。エントランスの液晶モニターは、入店三時間待ちを表示していた。店全体に余裕がない。人手が足りない。座席数や店の規模を考えても、十分な数のスタッフを集めているはずなのに…。
「これは…あの人を呼ぶしかないな」
気は進まないが、八幡はある人物を呼ぶ決心をした。
身の危険を感じながら…。
数日後、スーツ姿の男が開店前のサムライトーキョーを訪ねてきた。
男は少しだけ口角が上がっていて、常に微笑んでいるように見える。
八幡が出迎えた。意気消沈した八幡の顔を見て、男はポンと肩を叩く。
男はオーナー室に入ると深々と頭を下げた。
「お待ちしてましたよ…上山さん」
眉間にしわを寄せた渋い表情で、クロサワは男を招き入れる。
上山と呼ばれた男は顔を上げると、恐縮しながらソファーに座る。
「このたびは…」といってまた頭を下げ、隣に座る八幡の頭も強く押し下げた。
始まったぞ…。
上山に頭を強く押さえつけられながら、八幡は心の中でそうつぶやいた。
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