第4章:人間不信のマニュアル2(前編)

第1部 神のオペレーション~第4章人間不信のマニュアル2(前編)


「人間なんて、いると思いますか?」

また…この男は妙なことを言い出す。

「いるんじゃ…ないですか」

間の抜けた答えだ。しかし、藤沢には回答が見つからない。


なんと答えればよいのか…。

「そうじゃなければ、私や上山さんは一体なんでしょう」

どうにかして上山を止めなければ。従業員を秒単位で管理する?こんなふざけたマニュアルを実施されたら、この工場の離職者は爆発的に増えるだろう。異物混入0どころか工場の存続も危うい。

「どうだと人間ですか?手がついていればよいのでしょうか?目鼻があれば?二本足で立っていれば人間ですか?」

困った人だ。雑談に付き合っている暇などない。包装機が動き出す前に説得しなければ…。作動音で話をすることも難しくなる。


「従業員は機械ではないと仰いましたね…藤沢さん」

「ええ…はい」

「そのとおりです」

「え?」

「従業員は人間です」

「…では、わかりますよね?こんな非人間的なマニュアルを実施することは不可能です」

「私には…現行のマニュアルのほうが非人間的に感じますが」


秒単位で人間を支配するマニュアルが人間的?自分の発想と真っ逆さまの回答に、藤沢の思考はストップする。

「上海に進出する外食チェーンの…オペレーション構築を担当したことがあります」


本当に雑談を始める気だろうか…。藤沢は時計を確認する。包装機が動き始めるまで5分ちょい。

「中国人のウェイターは、実に色々な地方から出稼ぎに来ていましてね…」

早く上山を止めなければ…。中国のレストランの話などどうでもよい。

「コップの置き方ひとつ、決められた通りに出来ないんです。『やさしく、丁寧に置く』ことができない」

「あの…」

「『やさしく、丁寧に置く』…日本人なら、簡単にできますよね?これ、置いてみてください」


上山は作業台のノートパソコンを藤沢に押し付けてくる。

「え…ええ」

藤沢は、ゆっくり丁寧にパソコンを作業台に戻した。

「さすがは日本人」


馬鹿にされているような気がして、藤沢は眉間にしわを寄せた。

「それとマニュアルの件と、一体なんの…」

「中国人は、これができないんです。彼らには『やさしく、丁寧に』という合意がない。あの広い国土に共通するコンセンサスがない。なにが『やさしく、丁寧』かは地方によって異なるし…『やさしく、丁寧に』したことがない人々もいる」

「つまり、よほど奴隷を管理するように詳細なマニュアルを作るしかないと…」

「失礼ながら、まったく違います」


藤沢は腕時計を見た。あと4分…この話はいつまで続くのか。

「まず一人一人、別のマニュアルを作りました」

「一人一人!?」


「そのほうが人間的だと思いませんか?画に描いたような典型的な人間などいません。ある作業が苦手な人間もいれば、得意な人間もいる。私と藤沢さんも同じ人間だと思っているだけで、実はぜんぜん別の生き物です」

「しかし…従業員ごとに別のマニュアルなんて…」


第1部 神のオペレーション~第4章人間不信のマニュアル2(後編に続く)