第3章:人間不信のマニュアル(前編)

第1部 神のオペレーション〜第3章人間不信のマニュアル(前編)


「ブラフ?ブラフとはどういうことですか!」


機械のブラシが金型を払う音が、藤沢の声をかき消す。

「一種の…と申し上げました」

「本当に大丈夫なんですか!?もう後には退けないんですよ!」


藤沢が声を荒げているのは、騒音のせいばかりではない。


「現在、検品に引っかかってくる異物混入品は月に5、6個ですよね」

「そうです」

「異物混入率が従来の1000分の1から3000分の1になったら、この発生率はどうなりますか?」


「…1000ヶ月から3000ヶ月に5、6個かな」

「つまり、約80年から250年の間に5、6個が発生するという計算になります」

「13年から50年のうちに1個出会うかどうか…」

「そうです。そして異物の検出率がその程度なら、あとは検品で弾けばよい。工場の外に異物混入商品が出て行くことはありません。…と、ここまでが会議でお話した内容ですよね」

「はい」

「では、この理論が正しかったかどうか、証明できるのはいつになるでしょう」


…50年後。それまで異物混入商品が出荷されなければ、はじめて上山の理論が正しかったことが証明される。

「僕らは…定年していますね」

「実質的異物混入ゼロ、オペレーションを組む自信はあります。しかし、理論に基づいて完全な実施を保証するというのは難しい。なにしろ証明されるのは50年後ですから」

「異物混入ゼロは可能だと断言するほかない、ということですか」

「ええ、厳密に考えればそれが『はったり』であったとしても。そうでなければ工場のオペレーション再構築を任せてもらうことなどできないでしょう。そういう意味でブラフです。ただ、異物混入率が従来の1000分の1から3000分の1…この目標は達成できると考えています」


会議室でこの数値目標を聞いたとき、藤沢は耳を疑った。上山はわかっているのだろうか、これがどれほど途轍もない数字か。


「しかし…上山さん」

藤沢は自信なさげにうつむく。

「この工場のどこに残されているでしょうか…そんな数字を実現できるような改善の余地が」

機能的な動線、マシンのレイアウト、人員の配置、洗練されたツールのポジション、清掃の行き届いたフロア、最新の空気清浄システム。衛生管理は他社工場と比較しても十分すぎるほど。


上山は工場の一角を指さす。出来かけのハニーモンスターが、可動式のラックに積まれて整然と並べられている。


「仕掛かり在庫の山です」

上山は指先をゆっくりと巡らせた。ひとつ、ふたつ…仕掛かり在庫の山が点在している。目に入る限りで4つ。

「仕掛かりが溜まっている工程は、ひとつ前の工程が処理できていたほど、製品を多く加工することが出来ないのです。だから、処理待ちのラックがどんどん溜まっていく」


「つまり能率が悪いと?」

「そういうこともできます」


材料が製造ラインに投入されてから、完成し包装されるまでの時間が短ければ短いほど異物混入のリスクは低くなる。


「では、仕掛かりが待たされている工程の能率をあげれば良いわけですね」

「いえ…」

「いえって…どういうことですか?」

藤沢はいいかげんにしてくれといった表情で、上山を見つめた。


(後編に続く)