第1部最終章:神のオペレーション(エンディング)

藤沢は強行軍で新オペレーションを完成させた。死力を尽くしたが、やはり上山のようにうまくはいかない。時間も足りない、人材も足りない。


藤沢は栃木工場の『神様』になったつもりでいた。あの緻密な栃木工場を、完全にコントロール下に置いた万能感。

『神様になって下さい。この工場の神様に』

上山の残した課題を、藤沢は達成したつもりになっていた。


実際、一度オペレーショナル・エクセレンスに達した工場を維持するには、藤沢のスキルは十分だった。同業他社の衛生管理責任者と比べても、藤沢の能力は頭ひとつ抜けていた。


十分な時間と人材が与えられれば、上山と同等のオペレーションを構築することもできただろう。

しかし…やはり引き受けるべきではなかった。藤沢は神ならぬ我が身の力量不足を思い知った。自分なら何とかできるかも…無意識にそんなことを考えて、うぬ惚れていたのかもしれない。


見えた勝負だった。重役たちは失敗の責任を藤沢に押し付けるだろう。

助けてくれ…。藤沢は上山の陰にすがった。


隣に立って、ニコニコと笑いながら「大丈夫ですよ」と言って欲しかった。

しかし、上山は現れない…。


完璧なマニュアルが完成した。会社に催促され、「だいじょうぶだ、いけるだろう…」と自分に言い聞かせながらつくった、欺瞞に満ちたマニュアル。現実の人間の能力では実施不可能な神のオペレーション。


しかし与えられた条件で、これ以上のものがどうやって作れただろう。


絶望的な気持ちの藤沢をよそに、新オペレーションの運用は開始された。


しばらくして仕掛かりが減少し、在庫の出荷が増えはじめた。カフェレストランツの重役たちは、手を叩いて藤沢を褒めちぎる。だが、藤沢の暗澹たる表情は変わらなかった。


破綻は一気に起こった。高度な衛生管理の要求に、パートタイマーが追いつかなくなったのだ。離職者が相次ぐ。それでも藤沢はシフトをやりくりし、マニュアルの改善を続ける。

そして、ついに工場から白旗が揚がった。従業員の負担は限界を超えていた。タイムカードを持って労基署に駆け込まれることを、工場側はビクビク恐れる始末だった。


新工場は生産を断念。受託契約の解除を申し入れてきた。


責任の所在がKawaii堂とカフェレストランツ、新工場の間を猛スピードで駆けめぐる。関係者が次々と処分されていった。


しかし、不思議と藤沢に動揺はなかった。人事を尽くして、これが天命なら受け入れよう。そういう諦めの境地にあった。


藤沢の内線が鳴る。役員室に呼び出し。同僚たちは藤沢を横目で見ながら、ひそひそと噂し合う。

さて…仕事探さなきゃな。役員室の前に立って、藤沢はそんなことを考える。

「失礼します」

役員室に入ると、懐かしい声がした。

「ご無沙汰してます」


藤沢は目を疑った。宇都宮パティスリーの社長がソファーで笑っている。

「社長…あの…これは…?」

「また一緒に仕事ができることになりましたよ、藤沢さん」


新工場の契約解除までの期間、カフェレストランツは活路を探していた。しかし、高度な衛生管理の要求、過大な生産目標に委託先が見つからない。そこに、宇都宮パティスリーが手を挙げた。


「うちなら設備も整ってるから。すぐに生産再開できます」

「しかし…社長」

「はい」

「御社は衛生管理は十分ですが…あの…正直なところ、生産目標を達成できるだけの能力はないはずです」


「なんとか、してくれるんでしょう?」

「え?」

宇都宮の社長の隣に座っていたカフェレストランツの役員が、不安そうに口を開く。

「藤沢さんなら、なんとかしてくれるはずだとおっしゃるんだ…社長が」

『生産管理の責任者に藤沢氏』


宇都宮パティスリーが提示した再契約の条件だった。

「失敗できないよ、藤沢さん…お互いに崖っぷちだ」

「社長…」


助けてくれたのだ…これでカフェレストランツは藤沢の責任を問うことはできなくなる。少なくとも解雇はない。


「ありがとうございます!」

藤沢は頭を下げた。


数日後、藤沢は再び栃木工場にいた。厳しい生産目標に苦闘の毎日が待っていたが、絶望を感じたことはない。今度こそ『神様』になれる。そういう予感が藤沢を包んでいた。


常に工場全体に目を配り、過負荷も生産ラインの非効率も許さない。不断にオペレーションを改善し続ける。新工場の失敗を経て、藤沢の仕事はさらに緻密さを増した。


藤沢は欠くべからざる工場の一部へと変わり、一塊のオペレーションと化していた。もはや、上山といえども代わりは務まらない。


上山とともにした仕事が藤沢を変え、そして彼はある意味で上山を超えた。


もはや工場は藤沢の手足であった、材料倉庫から出荷工程まで彼の神経が通っているかのごとく。あらゆる異変を察知し、障害を取り除き、工場の業務は淀みなく流れた。


工場の『神様』を育てる。案外ここまでが、上山の計画だったのかもしれない。


この四半期で、宇都宮パティスリーのハニーモンスター生産高は、カフェレストランツの課した生産目標を突破。


藤沢はオペレーショナル・エクセレンスに達した。



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